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占い師サイトにみずのインタビューが載りました(*´▽`*)

この度占い師としてこちらのサイトのインタビューを自身の占師活動名義の「由那」として受けました!
占い師専門webサイトで記事になりましたので、是非ご覧ください(・ω・)ノ
インタビュー記事はこちら
「インタビューを受けたサイト」
おすすめ電話占い☆鑑定室

由那先生としてのココナラ出品はコチラ

電話占いマディアにも出演中

こんにちは。みず(Twitter)です。

このページはこのサイトのオーナーである”みず”についての自己紹介的なものです。

ちょっと自己中心的なメモになりますが

一般男性ファン
一般男性ファン

ふーん、そうなんだあ…

と、時々覗きに来て頂けると嬉しいです。

(なお、内容は適度変更予定w)

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管理人・みずが育った経緯。ひたすらやきう観戦に占い鑑定の日々

ぼくは1970年代に、一級建築士だった父と、英語ペラッペラの占い師である母の間の一人っ子として生まれた。

岐阜県岐阜市生まれで東京都足立区出身。

(ちなみに地元足立では、史上最悪の少年犯罪と言われるコンクリ激突世代)

母は、子供が出来にくいと言われていて、それを承知で父も結婚したらしいけど

まあぼくが出来て、それでも母は子宮筋腫を患ってしまい、当時の医学ではとても大変なコトだったらしい。

そういうのもあってか、初孫だったからか、母方からは歓迎された子供だった。

両親共にやきうが好きで、特に母方は熱心な阪神ファンで、御祖父ちゃんは高校やきう好きだったので

自然と物心ついてからは、「やきうを見る生活」が当たり前だった感じ。

母が阪神ファンであったものの、特に自分はその時点で阪神ファンにはならなかったな

何でだろう(・ω・)?

ただやきうを見るコトだけが好きだった。

因みに中1の時阪神が日本一になって、母親が実家に電話して

「まーだお赤飯炊いとらんとねー!(ちょっと岐阜弁)」

と言ってたのを、今でも覚えている。

両親とも昭和一桁のヒトだったんだけど、男性はともかく女性のその年代が

熱烈なやきう好きって、当時でもかなり珍しい。

しかもその母姉妹は小中学校の頃から姉妹だけでナゴ球に見に行っていたというから

末恐ろしい親の元に生まれたもんだ。

そして占いの方も小学校高学年になってから

「あんたは波乱万乗な人生になるで」

と言われて、四柱推命や算命学を教わった(というより始めは母の強制だった)のがきっかけ。

まあ、どちらにせよハマったんだけどね。

やきうも、占いも。

そうして中学校の時は不登校児になってしまい、高校にも大して興味はなかったけど、都立一校だけ受けて合格。

だけど、やっぱり行かなかったw

占いについては、中学校の時既に友達に教えられるレベルまで達していたので、

かなり頑張ってたんだと思う。

そういうしている間に、ぼくの環境は変わった。

母がガンで急逝…。いびつだった父子家庭から家出⇒病気と親友との別れ

当時の都立高校って、なんか一定数出席足りないと留年になるらしくて

不登校児だったぼくも御多分にもれず留年した。

その時に退学するのが、もう一回一年生するのか母と話し合いしながらかなり迷ったけど、

もう一年在籍の選択をとった。

でもやっぱり行かなくて、その代わりブラブラと神宮球場に通う日々がなんとなく始まった。

定期代で交通費安く済んだしw

いつも行ってるとそのうち常連さんと知り合いになったりして、だいたいライト側の決まった席で見てた。

1年生2回目の時の秋に母が入院したのだけど、

またかえってくるのを信じてたから、遊びまくってた。

それが、入院わずか4か月で母はガンで他界した。

当時は告知ってもんがそれほど発達してなかったから、ぼくは最後の危篤になるまで知らなかった。

ぼくは人生後悔しない方だけど、ひとつ後悔するとしたら、

母を心配させたまま、あの世へ行かせてしまったコトかも知れない。

もっと、母とやきうが見たかったし、母に占いを教わりたかったな…。

それから高校を退学して、大検(現高認)は一発でパスしたけど、大学は全滅。

フリーターとして3年働いた。

やきうに関しては、一番初めにファンになったのはヤクルト。野村さん黄金期の時代の頃だった。

その前の弱い時から、ぼくは常連のおじさんおばさん、お兄さんお姉さんに囲まれて

ガラガラのスタンドで騒ぎまくっていた。

今では当たり前の光景になったけど、日シリの時だったか

初めてライトスタンドが緑の傘で埋まった時はホントに感動した。

杉浦さんが代打満塁逆転サヨナラホームランを打った時は現地で泣いた。

あの頃の神宮には、いい思い出しかない。

だけど、精神的なコトで参ってしまって21歳の時に病気になった。

それから、父との仲が余り良くなかったのもあって、家出した。

その2年後に、福岡に移住するコトになった。

ぼくは病気のウワサが広まるのが嫌で嫌で「早く逃げたい」とばかり思っていたから、

結局思えばあの時に、ぼくは故郷を捨てたんだなと思ってる。

当時はBSやCSも、勿論発達してないしネットも普及してなかったし

おまけに交流戦もまだなかったから、自然とヤクルトから離れていってた。

かと言って、ホークス(当時はダイエー)のファンになった訳でもなく、

どこのファンでもなく、病気が悪かったから10年位やきうを離れていた時期がある。

仕事は全く出来る状態になかったので、福岡では入退院ばかりしていたなあ。

ぼくはギターやヴォーカルもやってたんだけど、入院仲間で最高の(音楽としての)相方と出会う。

まあ、お互い好きだったんだけど、お互い恋人がいたコトもあり、

「恋人になるといつか別れが来るから、ズっ友でいよう」

というコトになった親友。

色々楽しかったし、あの時はあの時でやりたいコトをやれたし、

作詞家になるって目標もあった。

けど、その親友は急死した。

正直ズルいなって思った。

別れたくないから友達でいようって言ったのに、そんなに早く逝ってしまうコトが。

ぼくは弦楽器を弾くのを、その日以来ずっと封印したままである。

線維筋痛症の発症で、考えさせられた将来のコト。

親友が亡くなってからは抜け殻みたいになってた。

今でも作詞や歌うことは続けているけど、それ以外音楽活動はやめた。

それから転がるように運が悪くなっていった。

彼氏と一時期絶縁したり、その代わりにヒモがまとわりついてきたために、

ぼくはチャットレディのアルバイトまでやってた。

リタリンっていうクスリの中毒になって、結構ボロボロになって自殺未遂。

助かったからいいものの、3日間くらい昏睡状態でヤバかったらしい。

(いまでもたまにてんかんや痙攣の後遺症がある)

退院してからは父のいる東京に戻った。

10年町田で生活。家族がいなくなるもフリーライターを始める

まあ、父もとっくのとうに足立区のマンションは売って、町田市内の団地に住んでたけど。

町田での生活は悪くはなかった。土地があってたのかのんびりすごしていた。

けど、その頃まだ占い師になるコトはあまり考えていなかった。

その頃の占い師って、今のようにもてはやされない職業だったし、

どちらかと言うと占い師って変な目で見られるような感じ。

なんか占いの学校に行ってますってだけで、友達から付き合い避けられるようになったこともある。

今ではすごーいとか、憧れるーとか言われるけど。w

それに今みたいにポピュラーな職業でもなかったので、選ぶ選択肢はなかったなあ。

のんびり町田で過ごしている間に、父が(母のもとへ)他界して、

結局両親とも亡くなって、ぼくは結婚もしなかったからひとりになった。

一応40代に入ったころまで長くお付き合いしてたヒトはいたけど、なんか結婚する気はなかったな…。

それからは、フリーライターの仕事をやるようになった。

この仕事は、今のブログの記事を書くにあたって役に立ってるのは間違いない。

書くコトが好きなだけじゃ記事を書いたり、ブログを書いたり出来ない。

何度か書いているうちに、やきうについての案件のゲットに成功。

選手について詳しく紹介したり色々深堀りする記事(よくあるエンタメ系な記事ではない)を書く案件だったのだケド、

そこでぼくは、大谷やダルの記事を書いた他のライターさんを上回って、

月間アクセス一位を取ったコトがある。

それは原口選手の記事だったな。(まだ支配下になった年だった)

いつかやきうのコトばっかり書きたいなあという気持ちは、きっとこの時に発生したんだろうな。

平穏な毎日を送るも、線維筋痛症を発症し、ストーカー被害に遭って大阪へ

ぼくは、あの忌まわしい事件がなければ今でも町田にいたのは間違いない。

最大の原因はストーカーに遭ったコト。

それも、アパートの隣の住人(おっさん)に。

いやいや、もう出会い厨どころじゃないから。ほんまもんのストーカーって

常に相手に対して訳のわからない主張をしたり、いきなりキレたり、いきなり恋人にするから。←脳内で

ストーカー被害にあったコトがきっかけで町田を離れるコトに・・・。

2018年の秋に、岐阜の施設にいた叔母が大腿骨と腰を骨折する大けがをして、愛知県内の病院に入院することになったため、世話する人間がぼくしかいなかったから、3か月くらい名古屋でシェアハウスを借りて生活してた。

その時に何度も何度も電話がかかってきたり、メールが送られてきたり、フェイスブックの申請が山ほど来たり…。

最初は近所付き合いのつもりだったのに、線維筋痛症になったり、叔母が事故って、ぼくが弱っているトコロに優しく付け込んだ、

あのおっさんに見事騙されました。

気がついたらストーカーって相手を脳内で恋人にしてるからね。マジで。

着信拒否とかにしたら、東京に帰ってからが怖いから出来なかった。

警察も最初は殆どアテにならないし。

Facebookはやめろって言われたけど、せっかくご縁が繋がった他のフレさんを

ストーカー如きで失いたくなかったので、一時期名前を変えて検索出来ないようにしてた(大阪来て暫くするまで)。

うちは父方の親戚との確執が凄くて、親しい友人が身元引受人&緊急連絡先になってるんだけど

その友達にまで電話かけやがるしで・・・。

このころから、2020年の春ごろになるまで、自分のコトを考える余裕が全くなくなった。

叔母にも末期がんが見つかるし、入退院で老人ホーム変えただけでも大変だったのに、

いつもしつこいストーカーのせいで気が休まらなかったのもひとつの要因です(キッパリ)。

結局、名古屋から戻った2019年の1月にインターホンを鳴らされまくってて、警察もさすがに今度鳴らされたら110番してと言ってきた。

そんでしつこかったので、警察にいって相手は警告処分。それ以来は反撃こなかった。

ホントに世の中のヒトにはストーカーには気を付けて欲しいけど、

警察は殆ど相手にしてくれないのが事実です。

ぼくはたまたま、知り合いのヒトが地元の警察の刑事さんだったので助かったと思ってるから。

何がともあれ、ぼくはもう町田に住めなくなってしまったのだ。

線維筋痛症の発症がきっかけで、自分の将来や仕事のコトを考えるように

2018年7月位から身体がだるかったり痛かったりするのが段々ひどくなって、原因が全然わからなかった。

当時ライターもしてたし、倉庫のバイトもしてたからその疲れなのかなと思っていたんだけど

いつも入院していた横浜の病院の院長先生から紹介して貰った整形外科で、線維筋痛症であるコトが分かった。

ショックというより、やっぱりなあって思ったのが本音。

重たいものを持てないから倉庫の仕事はやめたし、

身体に負担が大きいのでライターの仕事もあまりできなくなった。

前述した通りぼくは町田にいれなくなったんだけど、同時に危ないってコトで首都圏にも居れなくなった。

行ったコトのある土地から消去法で大阪を選んで移住したけれど、最初は戸惑いばかりだった。

町田で相当な田舎に住んでたせいが一番大きい(ぼくの今いるところは大阪でも都会なので)。

環境への慣れって、変化に弱いぼくにはちょっと辛い。

だけど、線維筋痛症になったコトで、今後家で完結出来るような仕事を中心にしようという

きっかけになったのも事実。

家で完結しなくても、自由業みたいなのならやれるかもって。

それからこのブログを始めて、占い師でお金を得るコトも始めて、投資って意味でFXも勉強するようになった。

後はたまにライターの仕事も少しではあるがしている。

今年はコロナ禍で、テレワークなるものが注目されてきたけど、ぼくにしてみたら

自分が前からやってるコトが注目されるようになるのは、変な気分になるw

2020年に入ってから、本格的に何処かに所属して占い師の仕事をするようになった。

結構揉め事や理不尽なコトの多い業界ということもあって、所属してる占い店は何度か変わってるのが現状。

そういえばツイキャスでも占いやっていて思うんだけど、

ヒトとのご縁を大切にしたいとぼくはいつも思ってます。

いつまでも向上心を忘れないようにしたい今日この頃。

今も甘えてる部分はあるんだけど、前みたいに無駄にグダグダする時間はかなり減ったと思う。

まあ、線維筋痛症の痛みが昨年秋に酷くなってからは、本当に痛いと動けないだけになってしまうのだけどw

それでも、ブログや投資にチャレンジしようとか、占いを仕事にする以上は占術を増やしたいとか

ぼくはこの病気にならなかったら、きちんと今後の生き方を考えるコトはしなかったかも知れない。

前はタロット出来なかったのに、ここ半年でほぼタロット出来るようになった。

オラクルカードやルーン占いも買ってあるので、もっと勉強したいけど、

余裕が出てきたらルノルマンやヒーリングも身につけたいと思ってる。

そういう向上心は忘れないようにしたい。

もちろんこのブログにおいても、やきうを見る目にしても、

ぼくなりに思ったコトを個性的に伝えられるように記事を書いていきたいと思う。

そして強く思うのは、誰の人生であれ、結局はそのヒトオンリーの人生でしかないんよね。

 

 

みずブロ。とサイト名を新たにしようと思いました。

最後までお読み頂きありがとうございました
沢山書くので沢山読みに来ていただけると嬉しいです!

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