母親に、野球観戦という財産を貰った。

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プロ野球を好きになるきっかけ。

それって人それぞれだとぼくは思うし、ごく当たり前のこと。

でも大抵が親の影響とか、そういうのが多い気がする。

或いは、小学生の頃から野球に親しんでいる人は、自然と野球好きになっていくものだ。

とにもかくにも、周りの誰かしらが興味がないと、今は野球ファンにならない気がする。

そんなわけで、このカテゴリはぼく自身の野球についての考え方などを伝える、ごくつまらないコンテンツになるかも分からないが、参考にしていただけるとありがたい。

「自分もブログを書いてみようかな?」

なんて思うヒトに向けても役に立つような。ぼくが先に立って教えていくような。

そんなコンテンツにしたいと思って書くつもりだ。

プロ野球ファンになる、人それぞれの理由。

どんな経緯で、あなたはプロ野球を見るようになっただろうか?

家族で行った時。小さい頃野球をやっていた。或いは、友達に誘われて見に行ったらハマった。恋人の影響。

それは人それぞれだろう。

ぼくの場合、母親の影響。それも母親の実家全体の影響と言っていいかもしれない。

父親より、母親の方が野球には熱心だった。因みに両親とも生まれは昭和一桁だから、その時代の人間にしては、とても珍しい。

その時代、女性が野球ファンであり、球場に家族ぐるみで行かず一人だとか姉妹だけで行くなど、ものすごく珍しいことである。

しかし、うちの母親はそんな人で、そもそもインドアだった。

母親は三人姉妹の長女で、下二人の妹も野球ファン。

もっと言うなら母方の祖父も野球ファン。

祖母だけが野球音痴だった。

母は、まだ中学生かそこらの頃から、実家のある岐阜から当時のナゴヤ球場まで、上の妹を連れて、二人で行っていたというから驚きである。

ぼくの時代ですら、まだまだ女性ファンがボールパークに行くことは、今の時代ほど普通ではなかったのに。

とにかくぼくの両親は、どちらも変わり者だったので

ぼくも大分変わり者になって今まで来ている。

女性なのに、文章をかく時は自分のことを、

「ぼく」

なんて書くくらいだから(リアルで話す時は普通に「私」と言っています(笑))。

だからアラフィフの女性としては、

「こんなに詳しく野球を語る女性を見たことがない」

だとか、

野球に興味がない親友には

「あなたは野球の話をしだすと止まらないから、程々にしてくれ」

と言われるくらいである。

父はといえば、運動音痴だったせいか野球の豪快さが好きだったらしい。

特にどこのファンというのはなかったが、昔のプロ野球はとにかく男臭さが必ずあったため、自分にない世界に憧れていたんだろうな、とぼくは思っている。

ということでぼくは、母の実家に行っても、自宅にいても、夜は必ず野球が流れている。

そんな環境の中で物心ついた時から育ってきた。

むしろ、それが当たり前の日常生活なんだと思いこんで育った。

これは完全に親の影響だと思う。

あなたはどんな経緯だっただろうか。

因みに、ぼくの母親の実家は岐阜にいたくせに、揃いも揃ってみなガチな阪神ファンだった。

昔の話なのでユニを着る時代ではなかったからニッカポッカなど履いては行ってないが。

ライターになって、必ず最初は舐めてかかられた。

これは、とあるライターの世界ってどんなんなのって感じで軽く見て貰いたい。

ぼくは、5年前から外注でライターの仕事を取るフリーランスになった。

野球ブログをこうして運営しているのは、

「ぼくは何でライターになったのだろう?」と思った時に

「あ、いつか野球の記事が書きたい。それを世の中の人に伝えたいからだった」

と思い返したのが、現在に至る全てのきっかけだった。

そうして某クラウドソーシングのサイトに登録した訳だが、実績のないライターなんて

なかなか採用されにくいので

案件を取るのにまず必死。

そしてwebコンテンツってのは普通に小説なんかを書くのとは訳が違う。

ライター初心者はそれを勘違いしてる人間が多いし、ぼくもそうだった。

かつ、ぼくのコンテンツを見てもらえれば分かるけれど、タイトルの後に序文があり、大見出し、小見出しを繰り返して、まとめで閉める。

この記事構成を覚えるまでも時間がそれなりにかかった。

ぼくもまだまだなのだが、一応ライティングを全くやったことのない人間には、
一から叩き込むようにスパルタで教えているくらいにはなれたのだが。

そんなわけで野球の案件は意外と少ない。

あってもよくある

「〇〇選手の嫁は〇〇!出身校についても調べてみた」

みたいな、エンタメ要素の強い案件ならあった。

だがぼくの信条としてそんなミーハーな記事に手を染めるのが嫌だった。

実際やらされた事はあったけども、とてもつまらない。

そしてライターを始めて2年位経ったころ。

今でもサイトメディアとしては、かなり大きな方である、クライアントさんの案件を取ることに成功した。

ライティングの案件を取る際には必ずテストがあるのだが、

メールのやり取りからして

「女性だからと言って何も書けなさそうって、思ってるなこのクライアントさんは」

というファーストインプレッション。

絶対テストライティングには受かって見せる、何より驚かせてやる。

とガンガンに意欲満々だったのを覚えている。

ヒトを良い意味でビックリさせるコトが出来た瞬間。

実はその記念すべき野球案件の第一弾で、何について書いたのか思い出せない。

だが、凄く気合を入れてデータ取りから、選手の特徴、エピソード、自分の観点から見た長所や、この先の課題やなんやかんやを徹底的に細かく書いて提出した。

結果、フィードバック(書き直しを意味する)がほぼない一発通過。

ハッキリ言えば、その某クライアントさんは驚いたと思う。

実際何名か他に外注ライターさんを取っていたけれど、女性といえばぼくただ一人だったからだ。

エンタメの分野なら女性はいくらでもいるけれど、野球の野球の観点のみで書くコンテンツでは、余り女性って見かけたことがない。

なら、ぼくが先陣を切ってやる。

そうしてヒトを驚かせる瞬間が、ぼくは結構大好きだったりする。

で、そのサイトで、選手紹介を現役、引退問わず自由に選んでそのサイトコンセプトに沿って書く案件を取った。

当然ながらアクセスランキングというものも存在していて、そのサイトだとぼくはスポーツカテゴリに属していたことになる。

野球ライターとして初めて報われたのは、そこでの出来事だった。

ある時、阪神の原口選手についての記事を書いた時である。

原口選手がまだ大腸がんなどになる前で、支配下登録されてからの軌跡などを含めた記事だった。

それがあれよあれよと、ダルビッシュ有サンやら大谷選手の他ライターが書いた記事を飛び越えて、月間アクセスランキング1位を取ったのだ。

あの時ほどぼくは、ライターをやってて良かったと当時思ったことはなかった。

最初の目標がクリアされたというか。

それもアクセスという、実力で勝ち取った結果だった。あの経験はいまでも原点になっている。

実はライター専属時代で、ぼくはいくつかの野球ブログにお世話になったが、完全な差戻というフィードバックを貰ったことが、一度もない。

ただし野球の記事に関してだけで、食べ歩きだの旅行記事だの他の案件では差戻なんていくらでもあったけれど。

かつて母方の下のおばが出版社で、クラシックのジャーナリストを長年やっていた。

これも戦後直後生まれの女性が、出版社で記者としてやっていくのは、まだ未開拓の時代。

そこで立派にやっていた今は亡きおばを、ぼくは仕事面では尊敬している。

ぼくも、webコンテンツで。しかも個人で運営するブログで、

女性が書く「エンタメではない野球記事がガンガンかけるヒト」

の先駆者的な存在になりたい。

そして、いつかちょこっとだけ有名な野球ブロガーになるのが目標なので、こうして日々書いているわけである。

家族3人で行ったたった一度きりの野球体験。

野球を家族が好きで、好きになったほぼ殆どの人が、親に連れられて、或いは家族ぐるみで、野球観戦に行ったのではないだろうか?

また家庭を持った野球ファンは、自らの息子や娘を連れて、球場に行くのはよくありがちとも思われる。

ぼくと同世代の子供を持ったヒトらは、だいたい野球好きなら子供を連れて球場に行くという話を耳にすることが多い。

近年野球ファン離れが進んでいるけれど、ぼくは周りの野球ファンといえば、自分の子供年齢に値するくらい若い子が多い。

ちなみにぼくは絶対結婚したくなくて、40の時に10年越しお付き合いしたヒトと別れた事もあり、未婚で子供もいない。

だからLINEグループやなんかでいる、中高生の子らが物凄く可愛い存在で仕方ない。

実際面倒見の良さも手伝って、グループ内の学生の子らに、おそらく親にも話してないような事を相談される。

彼女とどうしたらいいかとか、部活のどれに入ろうか悩んでるだとか。

話しやすい存在なのか、どうなのか不明なのだが、とにかく姐さんというあだ名が自他共に似合う。

そんな子ばかりいるので、当然親と観戦に行きますって話す子も多い。

ぼくはといえば、実は家族3人(一人っ子なので)で球場で観戦したことは、たった1度だけである。

母親とぼくの2人で行ったことは2、3回あったけど、家族揃ってはその1度きりで、確か小学校5年生で、ハマスタでの阪神戦だった。

阪神は負けたので、母親は始終ムッツリしていたのを覚えている。

それ以外はあまり思い出がなかった。

それは、家族観戦がたった一度きりだったからなのだろうか。

しかし。

母親は高校1年の時にガンで急逝。

ぼくは家族ぐるみでまた野球に行けたら…。なんて夢は一瞬にして砕かれた。

親が子供に何を伝えたいのか。そして何を教えて欲しいのか。

 

今の時代親は当たり前のように、子供を連れて子供に野球を見せてあげている。

子供は子供で、親と行くと中高生は「親と行くと交通費が浮くからラッキー♪」なんて

言ってる子もいる(世のお父さんお母さん。子供はこう考えてますよ。苦笑)から進んでついていく。

ぼくの母親はいつでも野球を家でテレビで見ていて、阪神が日本一になった際は

実家に電話をかけて、「まーだ赤飯炊いとらんのかねー!」と怒鳴るようなヒトだった。

強烈なアンチ読売ってやつで読売のことになると愚痴が酷い。

何時間も語らせとくと止まらないので、さっさと寝る。

その方が健全な位だったからだ。

それから父子家庭になったわけだが、つい数年前他界した父からは、仕事をする意味、独立して生活することの大切さ。社会に出てどうあるべきか、日本国民としてどんなことが大切なのかを、ぼくは主に学んできた。

これを読んでいるあなたは、親から、または子供に、どんなことを伝えられ、学び、どんなことをまた後世に伝えようとしているだろうか。

とにもかくにもぼくは、母親から貰ったのは

「野球を見ることの出来る喜び」

という財産だったのだ。

それを育てて経験という資産にしたい。

そういう意味から、ぼくのブログはスタートしている。

母親から、野球観戦という財産を貰った。まとめ

親になったことはないが、子供にならなったことがある(当たり前の話だが)のだから、

毒親だろうが、普通の?親だろうが、何かしら人は親から何かを学んでいるはずだ。

誰しも、親の背中というものを見て、子供は育つ。

ぼくもまた、父が建築士だったことから、休日も無言で図面を書いていた親の背中を見て育った。

そんな親から学んだことは、見ることと、実際言葉にして表すことと、2通りある。

体現しているものを、子供というのは純粋に受け止めている。

そのなかで、野球好きなあなたは子供に何を伝えたいだろうか。

野球そのものの面白さを、子供にありったけ伝えて欲しいと願う。

それが「野球離れ」に歯止めをかける第一歩だと思っている。

あなた自身のやり方で構わない。

我が子供に、「野球」という財産を与えて欲しい。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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コメント

  1. とうだ たけし より:

    お邪魔します。

    お母さまとも良き思い出を綴って頂きありがとうございました。
    とてま心地よく拝読出来ました。

    …ちなみおぢさんは虎党で原口文仁選手好きです。

    ありがとうございました。

    • みずみずえ より:

      とうださんご訪問ありがとうございます。
      母も阪神ファンだったのでとうださんと同じでしょうね。
      お空の下から今でも野次り声が聞こえますw
      また来てくださいね。ありがとうございました!

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